脳死判定 NEJM
脳死判定についてのNEJM(N Engl J Med 2021;385:2554-61.)をまとめました.
Contents
●脳死は,アメリカにおける成人の年間院内死亡の約2%(小児の約5%)を占めている.
●脳死の判定は臨床的に行われる.
体温・血圧・電解質・酸塩基異常,毒物・薬物など交絡因子がない状態で, 脳幹を含む脳全体機能が不可逆的に失われていることを証明.
The Clinical Problem
脳死とは
人工呼吸器発明の副産物
アメリカでは,脳死は成人の年間院内死亡の約2%(小児の約5%)を占めている.
1950年代,人工呼吸器で換気されている壊滅的な脳障害のある患者が完全無反応(昏睡)となり,
「すべての脳幹反射が消失」「無呼吸」「平坦脳波」を示す新しい神経学的状態“コーマ・デパッセ”が報告された.
※人工呼吸器発明以前は,そのような患者は無呼吸・低酸素状態の後に心臓が停止していた.
その後「統一死亡判定法」が制定され,脳死を「脳幹を含む全脳の不可逆的な機能停止」と表現した.
脳死の病因
一次的脳障害(くも膜下出血,外傷性脳損傷,脳出血,広範な脳梗塞,稀に脳腫瘍)
二次的脳障害(多くは心停止にともなう広範な低酸素脳症)
原因が何であれ,最終的には脳循環不全➜二次的に低酸素脳症➜頭蓋内圧亢進>平均動脈圧➜脳循環停止
通常,脳機能喪失は吻側➜尾側へと進行し,脳幹が最後(脳幹は低酸素に対して回復力がある).
さらに脳幹の中でも,髄質が最後に機能停止する(=呼吸駆動の喪失).
脳死判定の前に
検査をする前に 障害の原因を知り,脳死状態であること,そしてそれが不可逆的であることを確認する.
不可逆性を担保するには待機期間が必要で,期間は原因により異なる(心停止後・低酸素脳症では≧24時間).
検査の回数
成人:ガイドラインは“1回または2回の検査が必要”とされているが,おそらく1回で十分.(2回の検査で脳死判定された1400例以上の中で,2回目と1回目が矛盾した症例はなかった.)
しかし多くの施設では,保守的に2回の検査を行っている.
小児:最低2回の臨床検査が必要.2回の検査間隔は
新生児(妊娠37週〜生後30日):24時間
乳児と小児(生後31日〜18歳):12時間
しかし1回目の検査前に十分な待機期間があれば,2回目までの待機期間は不要な可能性が高い.
Strategies and Evidence
脳死判定のプロセス
①前提条件の確認 ②神経学的検査 ③無呼吸検査 ④補助検査 ⑤文書化の5つからなる.
①前提条件
原因の特定と不可逆性の担保に加え,判定を混乱させる要因に注意する.
例)体温・血圧・電解質・酸塩基状態の異常,中毒(overdoseなど毒物自己投与を含む),
治療目的に投与された薬剤(ベンゾジアゼピン系やバルビツール系など)など
多くの場合(特に心停止後),肝・腎障害や低体温症(環境曝露や治療)により薬物代謝が遅延する.
特に,中枢神経抑制薬の作用遷延を考慮しないことは,脳死判定を誤る最も多い原因の1つ.
検査の正確性を担保するため,適切な待機期間(例:交絡因子となりうる薬物の半減期の5倍以上)を設けるか,
交絡因子を除外できない場合は補助的検査を行うべき.
②臨床検査

引用:N Engl J Med 2021;385:2554-61.
③無呼吸検査
無呼吸検査は,Co2濃度上昇・pH低下により髄質の呼吸中枢を刺激することで機能を評価する.
(脳死では高炭酸・アシドーシスに反応した呼吸努力が見られない)
無呼吸検査は血行動態の安定を考慮し,また検査前には十分な酸素供給を確保する.
他の臨床検査が脳死と一致した後にのみ,血圧・酸素化状態をモニタリングしながら行う.
前提条件
・正常血圧(成人はsBP≧100mmHg,小児は年齢に応じた基準内)
※血圧が境界線上にある場合,sBP110-120mmHgの範囲で検査を行うため輸液or血管作動薬を考慮 ・正常体温(36℃以上)
・正常循環血漿量
※脳死状態では血液量減少➜検査中の低血圧リスクが高くなる ・正常CO2圧(PaCO2 35~45mmHg)
・低酸素症がない
・CO2貯留状態(例:COPD,oSAS)では,PaCO2目標値は≧ベースライン+20mmHgかつ≧60mmHg
試験
100%酸素を10分以上供給してPaO2≧200mmHgにする
換気量を調整してPaCO2 35-45mmHgにする
PEEPを5cmH2Oにする
SpO2≧95%を維持する
↓
呼吸器と気管内(ET)チューブを切り離し,ETチューブ直径の≦70%のカテーテルを気管分岐部まで挿入,100%O2を4-6L/minで投与
↓
呼吸の動き,努力呼吸の有無を観察
5分,8分,10分後に動脈血ガスを採取する
↓
呼吸器に再接続する
検査中の呼吸性アシドーシスを修正するため短時間過呼吸にする
・sBP<90mmHgまたはSpO2<85%が30秒以上続いた場合は試験を中止
・低酸素症が発生した場合,Tピース,CPAP,より高流量酸素でテストを繰り返すことが可能
検査後
無呼吸検査が陽性となるのは
・呼吸駆動が観察されない
・PaCO2≧60mmHg,またはCO2貯留患者では≧基準値+20mmHg
基準を満たさないものの,呼吸努力がなく,かつ肺・血行動態が安定していた場合は,
酸素化・酸素化が安定した後に,より長時間の検査を繰り返すことが可能
④補助検査
臨床検査が十分行えない(例:顔面外傷・腫脹)or 安全にできない(例:血行動態不安定)場合にのみ行う.
●EEG
長らく用いられてきたが,最近は重視されなくなってきている.
(脳幹電気活動の検出感度が低い)
誘発電位を併用しても,偽陽性・偽陰性リスクから脳死判定に適しているとは考えられていない.
●脳灌流検査
補助検査として有効,脳血流が確認されれば脳死と診断されない.
・DSA :古くから用いられているが,手間がかかり腎毒性のリスクもある.
・経頭蓋ドップラー:ベッドサイドでできるが,術者の力量に依存.
・SPECT :DSAと同等の特異性あり.
・CTA,MRI,MRA:DSAとの比較はなく,偽陽性率も高いため推奨されていない.
⑤文書化
条件,検査詳細,検者名,検査結果(交絡因子,無呼吸検査開始前・終了後の動脈血ガス値など)をすべて記載.

引用:N Engl J Med 2021;385:2554-61.
Guidelines
日本における脳死判定
日本における脳死判定の手順は以下の通りです.
①前提条件の確認
器質的脳障害での深昏睡・自発呼吸消失により,人工呼吸器で呼吸が維持されている
CT/MRIは原疾患の診断のため必須
②除外項目の確認
●脳死と類似した状態になり得る
急性薬物中毒(鎮静薬,麻酔薬,筋弛緩薬など)
代謝・内分泌障害(肝性昏睡,糖尿病性昏睡,尿毒症性脳症など)
●有効な意思表示が困難
知的障害者など
●被虐待児
●収縮期血圧の低下
1歳未満:<65mmHg
1歳以上13歳未満:<(年齢×2)+65mmHg
13歳以上:<90mmHg
●低体温(深部体温)
6歳未満:<35℃
6歳以上:<32℃
●生後12週未満
③臨床検査
●深昏睡
JCSⅢ300/GCS3
●瞳孔散大
瞳孔径≧4mm
●脳幹反射の消失
・対光反射
・角膜反射
・毛様脊髄反射:顔面の疼痛刺激に対する両側瞳孔の散大がない
・眼球頭反射
・前庭反射
・咽頭反射
・咳反射
④平坦脳波(必須)
⑤無呼吸テスト
その他
1回目の脳死判定終了時点から24時間以上(6歳未満では6時間以上)空けて,2回目の脳死判定を開始.
2人以上の判定医で実施,そのうち1人は1,2回目とも判定を行う.
Conclusions and Recommendations
52歳の男性が仕事中に心停止となった.
40分間のCPRにより蘇生し,病院到着後に24時間の体温管理(36℃を維持)が行われ,その後4時間かけて37℃まで再加温した.
翌日には昏睡状態となり,脳幹反射はみられなかった.
四肢の動きも,痛み刺激に対する両側Triple flexion sign(三重屈曲反射:逃避反射)を除いてみられなかった.
自発呼吸はなく,収縮期血圧を≧100mmHgに維持するため昇圧薬を要し,CTでは広範な無酸素性障害を認めた.
脳死の診断はどのように行うか?
・CTで広範な低酸素脳症所見がある.
・脳幹反射や四肢の動き(Triple flexion sign以外)がない.
・脳死判定前に,中毒物質の影響を除外(症例の患者は低体温療法を受けている).
肝・腎臓の二次的な低酸素性障害により,薬物代謝能力が低下している可能性もある.
➜慎重を期すなら,薬物の最小半減期が経過するまで判定を延期し,正常体温になってから2-3日の待機期間を設ける.
・同僚に2回目の検査を依頼する.
・補助検査は,交絡因子となりうるものを排除できない or 血行動態が不安定な場合にのみ実施
・脳死判定を行う前に,脳死の概念について家族と直接話しておく